お知らせ

2021.07.02
おしらせ

キリン“リンタ”の変形性関節症の状況について

右前肢手根部の変形性関節症となり治療を行っているキリンの雄“リンタ”について、これまでも当園SNSで経過を発信していますが、現在の飼育状況や治療経過、今後の治療方針について詳しくお知らせします。
また、たくさんの方より励ましのお声を頂いておりますことを、この場をお借りして、心より感謝申し上げます。今後もスタッフ一丸となり“リンタ”の肢の状態が良化に向かうよう努力していきます。

【飼育状況】

現在13歳の“リンタ”は8年前より右前肢手根部(人でいう手首の部分)の変形性関節症となり、関節がX脚のように内側に曲がっている状態となっています。炎症などによる痛みが出る都度、鎮痛剤により症状を和らげる治療を行ってきました。
2017年“リンタ”のパートナーである“ユズ”が関節炎や蹄の伸びすぎなどにより亡くなったことをきっかけに、飼育方法を見直し、“リンタ”や今後飼育していくキリンたちが心身ともに健康で暮らせるように健康管理のためのトレーニングも始めました。“リンタ”にも自発的に協力してもらい、今までは出来なかった注射をすることができるようになり、定期的に採血し、健康状態を把握することができるほか、変形性関節症に効果が期待できるヒアルロン酸の注射も行うことができました。
また、飼育下のキリンは野生の個体に比べ運動量が少なく蹄が伸びすぎることがあるので、運動場にはザラザラとした、蹄が削れる効果のある火山礫を敷き詰めています。
しかし、“リンタ”は関節の変形により、蹄が本来伸びる方向ではなく横へそれて伸びてしまっているので、定期的な削蹄が必要です。まだ十分に削れるところまでは出来ていませんが、削蹄のトレーニングも行っています。少しずつではありますが“リンタ”のためにできることが増えてきています。
変形性関節症の完治は現在のところ難しいのが現状です。ヒアルロン酸の効果も目に見えて分かるようなものではありませんでした。そのような中、4月中旬より夜間座って休まないことが度々見られるようになりました。同じ時期に娘の“カリン”が他園へ引越し、今まではなかった単独での飼育となり不安になってしまったことや、気温が高くなったことで外での運動量が増え、肢への負担が多くなってしまったことが原因の一つと考えられました。
5月にはリンタの新たなパートナーとして“ユン”が来園し、お互いの相性も良く‟リンタ“の状態も良い方に向かえばと期待したのですが、その後も夜間座って休む頻度は少なく、6月に入ってからは一度も座らなくなってしまいました。
様々な鎮痛剤を試してきましたが、顕著な効果が現れず、歩き方もぎこちなくなりました。痛めていない他の肢への負担も懸念されたので、室内で過ごす時間を長くし安静を保つとともに、室内の床材を砂から柔らかいおが粉に替えて肢への負担を軽減しています。食欲の低下も見られるようになり、好物の枝葉を多くあげて衰弱しないようにしています。

【変形性関節症の状況と今後の治療】

これまでに“リンタ”が変形性関節症を患ってきた期間は長く、過去には関節が熱くなるような炎症が起きている状態でしたが、現時点では炎症後の骨の変形(炎症の名残りとして起きた骨増生)による関節腫脹が常態化していると考えられます。これまでの経過で、徐々にゆがんだ右手根関節の影響で蹄が変形し、蹄の変形が悪化する事で手根関節に負荷がかかり炎症が再燃、更に変形が進行するという悪循環が続いてきたことが、今の状態に至った原因と考えています。
変形が進行してしまった今の状態から、もとの正常な関節に治してあげることが出来ないことは心苦しいですが、現在は痛みをコントロールし進行を遅らせることを目的に治療を行っています。
現在は変形している右手根関節に痛みがあるだけではなく、蹄の変形による歩行時の違和感や痛み、長い間、夜間座って休むことがなくなり疲労が蓄積していること、患肢と逆の左前肢への負担増加による左手根関節の痛みなど、様々な要因が重なっていると考えられ治療に苦慮しています。
症状は停滞~やや悪化傾向とみられ、今後は、食欲低下による衰弱を防止しつつ、鎮痛薬と神経障害性疼痛の治療薬の増量や薬剤変更、別のタイプの関節炎治療薬の注射投与の併用や、漢方薬・サプリメントの併用、新たな外用薬などの準備を進めています。
ご存知の方も多いかと思いますがキリンが転倒したり、自力で起立できないような状況になると予後は良くありません。残念ながら“リンタ”も現状では何かのきっかけで転倒したり、起立不能になるリスクが高まっている状況です。このような最悪の事態を避けるためにも、効果の期待できる治療法と飼育方法を検討・実行し、スタッフ一丸となり“リンタ”の回復に全力を尽くしているところです。

【最近の治療詳細】※カルテより抜粋

4月27日:右前肢をたまに挙上。鎮痛剤の塗り薬を開始
4月28日:右前肢の挙上が増える。消炎鎮痛剤(注➀)の経口投与を追加(2日間)
4月30日:症状良化。血液検査で大きな異常なし。塊状便が見られたため生菌剤投与開始
5月2日:尿検査で大きな異常なし
5月6日:再び右前肢の挙上が見られる。塗り薬を変更
5月8日:ヒアルロン酸の注射を開始
5月12日:症状変わらず。血液検査で大きな異常なし。鎮痛剤の経口投与再開(3日間)
5月13日:塊状便が見られたため生菌剤の経口投与を再開
5月16日:夜間座らず。2回目のヒアルロン酸注射
5月20日:夜間座らず。歩きたがらない。消炎鎮痛剤の経口投与再開(3日間)
5月22日:動きは良化したが、右前肢の挙上変わらず
5月23日:3回目のヒアルロン酸注射
5月25日:夜間1時間座る
5月26日:夜間座らず。右前肢の挙上が目立つ。消炎鎮痛剤を変更(3日間)。副作用の予防のため胃薬を併用
5月31日:夜間1時間座る。歩様悪い。4回目のヒアルロン酸注射。消炎鎮痛剤の経口投与再開(3日間)
6月4日:歩様安定。消炎鎮痛剤を増量し再開(2日間)
6月5日:歩様は良化傾向。右前肢の挙上は変わらず
6月6日:歩様正常。鎮痛剤の塗り薬を変更
6月7日:夜間座らず(7日目)。血液検査でやや脱水気味。他大きな異常なし
6月8日:歩きたがらない。消炎鎮痛剤をさらに増量し経口投与再開(2日間)
6月10日:放飼時に3本肢で歩く。消炎鎮痛剤を戻し増量して投与再開(3日間)
6月13日:歩様やや改善するが歩く速度は遅い。消炎鎮痛剤を変更して経口投与を継続(2日間)
6月14日:夜間座らず(14日目)
6月15日:寝室の床材を肢への負担軽減目的におが粉とする。食欲やや低下したため消炎鎮痛剤を中止。胃薬は継続
6月17日:歩きたがらない。顔つきが良くない。食欲はやや戻る。消炎鎮痛剤を変更して経口投与再開(3日間)
6月20日:歩きたがらない(一歩目がなかなか出ない)。食欲は回復傾向。
6月21日:夜間座らず(21日目)
6月22日:新たな関節炎治療薬の注射投与を試すがうまくいかず
6月24日:症状変わらず。食欲低下したまま停滞。新たな鎮痛剤(注➁)の経口投与開始
6月25日:左右手根関節が不安定(歩行時ぐらつきあり)。鎮痛剤を増量し経口投与継続
6月26日:歩行やや改善、歩く回数・距離が増加(無理させず短時間で放飼終了)。食欲低下は変わらず。胃腸薬を変更、ビタミン剤の経口投与(注➂)を追加
6月28日:夜間座らず(28日目)歩きたがらず。歩様悪化傾向。左右手根関節の不安定が目立つ。新たな治療薬の投与を追加(注➃)
6月29日:歩様悪化傾向。後肢に体重をかける様子や、肢の運びのばらつきが見られる。
6月30日:歩様やや改善。

注➀…消炎鎮痛剤(NSAIDs)と言われる種類の痛み止めで、解熱・消炎・鎮痛作用があります。胃潰瘍等の副作用が出ることがあります。特に症状の出やすい反芻獣(牛の仲間)では胃薬を併用したり、休薬期間を設けたりしながら慎重に投与しています。
注➁…オピオイド鎮痛薬と言われる強力な痛み止めです。人で変形性関節症などの慢性疼痛の治療にも使われます。悪心や眠気などの副作用が見られることがあります。
注➂…筋肉疲労の回復や神経修復を促すことで神経痛・関節痛が改善することを期待し補助的に飲ませています。
注➃…神経障害性疼痛の治療に使われる薬です。


※最近の“リンタ”と(写真左)、変形性関節症の右手根関節(人でいう手首)(写真右)

盛岡市動物公園ZOOMO
キリン担当・獣医師・スタッフ一同